2009年5月13日水曜日
フォルクスワーゲンのエコカー技術
DSGから始まったVWのエコカー戦略
華やかさには少々かける「真面目なデザイン」ながら、いかにも堅牢そのものに作り上げられたボディに、さすがはアウトバーン育ちと納得をせざるを得ない比類なき高速安定感を実現させるシャシーの持ち主--ひと昔前までのVW車とは、どことなくそんなイメージが強いものだった。言い方を換えればそうしたVW車なりの魅力の要因に、エンジンやトランスミッションから成るパワーパックの貢献度はさして大きいとは受け取れなかったように思う。
無論、そこに搭載をされた各ユニットが、「必要にして十二分」な性能を発揮してくれるものであったのは間違いない。が、それでも前述のようなひと際輝く魅力のポイントに比べれば、エンジンやトランスミッションなどはどちらかといえば“黒子”的な印象に近かったのがVW車の特徴でもあったのである。しかし、いつしかそんな過去からは脱却していたのだ。VWは、世界のカーメーカーの中にあってもBMWと肩を並べるほどの、パワーパックこそを大きな売り物というブランドに変貌を遂げていたのである。
VWの地球環境対応戦略で凄いところは、単に将来に向かってのロードマップを提示するだけでなく、「出来る事からどんどん提供」というスタンスが見てとれることでもある。
市場導入のタイミングからすれば、まず改革の手がつけられたのはトランスミッションだった。2003年にそもそもポルシェ社が1980年代のレーシング・マシン用に開発を行ったものと同種のデュアル・クラッチ式2ペダル・トランスミッションを、“DSG”という商標と共にゴルフ『R32』へ初搭載。このグレードはシリーズで唯一の6気筒エンジンを搭載し、200psを遥かに超える大パワーを4輪全てへと分配する4WDシステムも採用という“特別なゴルフ”であっただけに、当時はそんなDSGという「新しくて複雑」なトランスミッションが、高価でスポーティなモデルへの限定搭載に留まるものと解釈した人は少なくなかった。
しかし、その後の展開を見ればVWがこのトランスミッションを、燃費を向上/CO2削減の切り札の技術のひとつとしても捉えていたことが明らかになる。そんな動きは最新のVWラインナップへと目をやり、周辺メーカーの多くも同種のトランスミッションを採用し、急速に伸ばしているのを見れば明らかだろう。
構造的にはMTがベースゆえ、同じ2ペダル式でもトルコンATやCVTなどよりエンジントルクの伝達効率に優れている上、変速時のトルクフローの断絶がゼロとなるために加速タイムはMTを凌ぐ。しかもシフトレバーによる変速操作は不要のために、Hパターン式シフトゲートを用いるMTでは事実上不可能な、7速以上のギア数設定も可能となる。その分ローギアからの変速レンジを大きく取れ、トップギアを“高速クリージング専用レシオ”へと振り分けるといった大胆なチューニングが可能となるメリットもあるわけだ。
ダウンサイジングコンセプトの先駆者は“夢の燃焼”に取り組む
そんな理想像へと近付いたトランスミッションに組み合わせるエンジンそのものの改革も急進的。その目玉は、直噴化による効率アップと共に排気量減少による基本的な燃費性能を大幅向上させ、一方で強力な加速が必要となるシーンで不足する出力分は過給機の搭載で補うという“ダウンサイズ・コンセプト”に基づいた、『TSI』と呼称をされる一連のガソリン・エンジンの投入。当初リリースのユニットでは過給システムにメカニカル・スーパーチャージャーとターボチャージャーが併用されたため、ベーシックカー向けのパワーユニットとしてはそのシステムの複雑さとコストの上昇を懸念する声もあったもの。
が、その後ターボチャージャーのみを備える“ベーシック・ユニット”も新たにリリース。最も量販規模の大きなスチールブロック製エンジンをベースに用い、直噴システムも高価なピエゾ・インジェクターを用いたスプレーガイド方式による希薄燃焼ではなく、敢えて安価なソレノイド・インジェクターを用いたウォールガイド方式の理論混合比燃焼に留めて排ガス浄化に対するハードルも下げるなど、コストダウンに配慮をした“大衆エンジン”としての設計が見られるのも特徴だ。実際、同コンセプトの1.2リッター・エンジンを次期ポロに搭載する事を表明するなど、VWのこの戦略には全くブレは見られない。
とはいえ、このメーカーがそんな現状に満足をしているわけではないことは、すでに「内燃機関の夢の燃焼」とも称されるHCCI(予混合圧縮着火)試作エンジン搭載車の“報道試乗会”までを開催した経緯などからも明らかだ。
ガソリン・エンジン同様にあらかじめシリンダー内に混合気を充填させ、そこにディーゼル・エンジンのように自己着火による燃焼を発生させるHCCIエンジンは、燃焼温度が低いため排気ガス中の有害物質が削減されると同時に、圧縮比を高めた希薄燃焼が実現可能となって燃費向上とCO2削減を図れるという、まさに「ガソリンとディーゼルの良いとこどり」を行ったようなユニット。現時点では、そうしたHCCI運転を行える領域が極めて限られ、その制御も難しいといった課題が残されているものの、そうしたハードルを乗り越えるべく専用開発した燃料を用いるなど意欲的なトライを行っているのもまたその“本気度”を推し量るための重要なポイントだ。ちなみに、“サンフューエル”と呼ばれるその専用燃料は、ジェットエンジン用燃料であるケロシンに近く「気化しやすく、自己着火はしにくい」もの。気化のしやすさから燃え残り成分が減らせる事でPM(粒子状物質)を削減出来、燃料噴射の瞬間の着火をし難くする事で燃え始めのタイミングを制御しやすくする事を狙った、藁や木屑などから生成をされるバイオマス燃料だ。