2009年10月31日土曜日

ホンダはどこまで電気自動車に本気か? コンセプトカー「EV-N」の秘密に迫る

 「電気自動車は、ホンダらしくない」。

 この1年ほどの間、日本、ドイツ、ノルウェー、アメリカで筆者がホンダのエンジニア各位に取材をしていて、話題を電気自動車に振ると、皆一様にこの言葉を使った。

 彼らが「ホンダらしくない」、という根拠は以下の点が挙げられる。

①現時点で、量産可能なレベルでの、他社と大きく違った技術革新がしにくい。
②構成部品が少なくなり、他社との差異が見出しにくい。
③ASIMOによるロボット技術の研究開発は進めているが、スポーティ性を追求してきたガソリン車でのホンダのイメージを、電気自動車に結びつけていくには諸策が必要だ。

 そうしたなか、2009年8月22日(土)日本経済新聞をはじめとするメディアが、「ホンダが2010年代前半に北米で、軽自動車サイズの電気自動車を投入。プロトタイプを10月の東京モーターショーで公開」と報じた。

 そして迎えた、東京モーターショー。ホンダの展示ブース、客席側から向かって左手に、見慣れない「HELLO!」の文字。その前に、ホワイトボディの電動移動体が3つ並んだ。HELLO!とは、"H"onda "El"ectric mobility "Lo"opの略。筆者の正直な感想を言えば、かなりキツイ語呂合わせ、である。

 展示された電動移動体で、初お目見えとなったのが、先に日経新聞がすっぱ抜いた、軽自動車サイズの電気自動車、EV-N。ひと目で、往年のN360がデザインモチーフであることが分かる。

 全長x全幅x全高=2860x1475x1515mm、ホイールベースが1995mm。モーター出力、蓄電池関連の広報発表はない。その前には、これまたデザイン原型がすぐに想像がつく、カブの電動版、EV-Cub。加えて、すでに市販されている高齢者などへの医療用小型電動4輪車、EVモンパル。

 さらに舞台には、日米ですでにリース販売されている、FCXクラリティ。こちらは、これまで燃料電池車という名称を、燃料電池”電気自動”車に改名した。確かに、福井威夫・ホンダ前社長は、ホンダの電気自動車開発の可能性について聞かれると決まって「燃料電池車も電気自動車だ」と言っていた。

 そしてホンダブースの向かって右側には、筆者が東京ビッグサイトで開催(9月29日~10月1日)された、第36回国際福祉機器展で体験した医療用の「歩行アシスト」、そして9月24日報道陣公開された一人乗りの電動移動体「U3-X」が展示された。よく見ると、この「U3-X」は電気自動車「EV-N」のドアパネル内側にも搭載されていた。また、ホンダの子会社であるホンダソルテック社製の薄膜太陽電池がブース壁面に、一体3ユニット構成で、横に3つで縦に3列、掲げられていた。

 こうした既存事業や既存製品、コンセプトモデル、さらに太陽電池式の水素ステーションを組み込んで、電気・水素を介した大きなループに見たて、HELLO!と呼んだのだ。

 この他、ホンダの出展の目玉は、2010年発売予定のハイブリッド車「CR-Zコンセプト」。

 これはインサイトをベースに、エンジン排気量を1.3リッターから1.5リッターに拡大し、ハイブリッド車としては初となる6速マニュアルトランスミッションを採用した。ボディデザインとしては1年前から世界各地のモーターショーで展示されており、スポーツカーファンから「ホンダらしい、次世代車の提案だ」と好評を得てきた。

 今回のショーで、トヨタは、レクサスLFA、FT-86コンセプトなど、ガソリン車スポーツカーを前面に押し出した。プラグインプリウスや電気自動車コンセプトモデル・FT-EVIIを、その援護射撃に使った。日産は、電気自動車リーフを中核として、ハイブリッド仕様の登場する新型フーガや、GTR、Zなどが援護射撃をした。

 対するホンダには、お蔵入りしてしまったスーパースポーツ、次期NSX再生の動きはなく、同ブース全体が「緩やかな電動化の流れ」を醸し出していた。

 では、ホンダはどこまで、電気自動車に本気なのか?

 筆者は1997年、ホンダがリース販売した電気自動車「EVプラス」をロサンゼルスで数日間、試乗したことがある。また、燃料電池電気自動車こと、FCXクラリティが試作車FCXだった頃、カリフォルニア州内各地で試走し、研究開発者たちの声を拾ってきた。そうした過去の体験を踏まえて、HELLO!全体のデザイン構想を担当した、本田技術研究所・四輪R&Dセンターデザイン開発室クリエイティブ・チーフデザイナー、澤井大輔氏に聞いた。

 まず、HELLO!はホンダグループ内における、統括部署や特別プロジェクトなのか?

 澤井氏は「まだ、そこまでは至っていない。今後、どのようにまとまっていくかは分からない。(それは)我々にとっても興味深いことだ。(現行の)クルマが電気自動車になるのか、その場合の(満充電での)走行距離は? または、歩くところから発想したことが、EV(=電気自動車)的なモビリティになるのか。例えば、モンパルはこうしたモーターショー会場内でも走行可能。電気自動車は様々なステージで発展する可能性がある。それをこれから考えていく」と語った。

 つまり、今回のHELLO!のプレゼンは、ホンダの電気自動車構想の方向性をハッキリとさせた、というものではない。あくまでも、世界自動車産業界大変革の流れのなかで、「ホンダも変わろうとしている」という意思表示に過ぎない。

 HELLO!展示各展示車両の開発は、FCXクラリティとEV-Nは和光研究所・栃木研究所の四輪部門、EV-Cubは二輪部門、EVモンパルは汎用機部門、U3-Xと歩行アシストは基礎研究部門がそれぞれ独自開発を行っている。それを「電気」というくくりでデザインイメージ統括するのが、澤井氏の使命である。

 では、話題を電気自動車EV-Nに絞る。

 日産がリーフという、Cセグメント(コンパクトカー)の大きさ感を提案。トヨタはiQのイメージをさらに小型化した大きさ感。ホンダはトヨタに近い、こうした大きさ感を採用したが、その意図は何か?

 「まず、ミニマムモビリティでどうあるべきか? 大人が4人でどこまでつめて乗れるか?を検証した。いまの時代、車内が広いほうが、ポジティブな商品イメージをもたれる。小型化は技術として必然だが、お客さんの価値観と反する面がある」(澤井氏)。

 電気モーターの搭載位置は、車体前部(通常のエンジン搭載位置に近い)。バッテリー(リチウムイオン二次電池のイメージ)は、フロントシートの下にT字型で配置するイメージ。「フィットのセンター(燃料)タンクの位置にバッテリーがあるイメージ」(澤井氏)という。

 また、EV-Nをそのまま量産化することはない。「まだ、デザインスタディである」(澤井氏)と主張する。

 ただ、2010年前半に市販される予定の量産型電気自動車の商品方向性としては、ホンダはトヨタに似ている。「身近な生活圏内での普段の足であれば、この大きさ感で、搭載バッテリーは小さくなる。都市間移動は、FCXクラリティのステージだ。トヨタとは、アウトプットが同じ方向性にあると思う」(澤井氏)。

 筆者は著書「エコカー世界大戦争の勝者は誰だ?」のなかで、図表によって「ホンダ・トヨタ」が、「日産・オバマ政権下の米メーカー群」と、電気自動車の早期市場導入において対立の図式にある、と解析した。この構図が、世界自動車産業界再編のキーポイントであると書いた。今回の東京モーターショーにおいて、ホンダ、トヨタ、日産の電気自動車担当者に直接取材した結果、やはり「ホンダとトヨタは、電気自動車の本格導入にコンサバ」という流れは変わっていなかった。

 ホンダ、トヨタがコンサバになってしまう最大の理由は、急速充電器などの国際標準化がいまだに確定せず、米中政府の思惑によって、この案件は今後、二転三転することが予測されるからだ。さらに、中国ではリチウムイオン二次電池のセル、モジュール、電池パックなどの形状、容量などについても独自規格を打ち出す動きもある。とはいえ、2012年の米カリフォルニア州ZEV(ゼロエミッションビークル)規制に対応するため、ホンダとトヨタは北米での電気自動車導入はMUSTだ。そうした現状を踏まえて、ある意味の妥協案が、今回のEV-N及びHELLO!なのだ。

 こうした電気自動車を取り巻く現状について、澤井氏はこう述べた。

 「急速充電器の正確なイメージがない状態だ。EV-Nでは100V,200Vに対応した充電ソケットが、ガソリン車の給油口のイメージでデザインされている。現在は、(ホンダとして電気自動車に対して)待ちというと誤解があるが、(開発の方向性を)ひとつに絞れない。(規格が変われば)デザインを含めて全てが代わってしまう。(今後、ある時点で開発の方向性は)急に見えてくるのではないか。電気自動車開発は、やらなければならない状況だ。だが、現時点でこれだ、とは言えない状況だ。まずは、ガソリン車とハイブリッド車で燃費を向上させることが第一だ。その次の技術として、電気自動車がある。そこには、社会のインフラ、発電のシステムが連動し、革新的にモビリティが一気に代わると思う。(プラグインハイブリッド車については)、今回はハッキリ出来なかったが、次世代のハイブリッド車が提案出来る時に考えたい」。

 最後に余談として、先ごろ国土交通省から通達があった、電気自動車走行中の歩行者に対する発生音について、デザイン側として、何か提案がないかと聞いた。

 「あくまでも個人的な意見だが…。先ほどブース展示を見ていて感じたのだが、ASIMOの声はどうか?」。

 2012年頃、北米で走行するホンダの量産型電気自動車が、「Be careful, I am approaching (お気をつけ下さい。近づいていますよ)」と、しゃべることになるかもしれない。