昨年末には、ホンダがF1、富士重工(スバル)とスズキが世界ラリー選手権(WRC)から撤退しており、四輪モータースポーツの世界選手権から、日本メーカーが完全に姿を消す。世界不況や、ハイブリッドカー(HV)のヒットに象徴されるエコ志向、若者のクルマ離れ……。逆風の中、日本のモータースポーツは、かつてない冬の時代を迎えている。
◇巨額経費、人気も低下
トヨタのF1撤退の理由が「今の経済状況」(豊田章男社長)にあるのは間違いない。同時に自動車メーカーにとっては、年間数百億円もの経費がかかる「金食い虫」であるF1の魅力が、欠けてきているのも確かだ。
F1は近年、コスト削減を目的にハイテク技術を締め出す傾向にある。特にエンジンは開発が凍結され、技術力をアピールする場としての魅力は急速に薄れつつある。興行的にも08年のシンガポール・グランプリ(GP)でルノーチームがエースドライバーに勝たせるため、セカンドドライバーにわざと事故を起こさせた事件など、スキャンダルが続発した。今季はコスト削減案を巡り、主管する国際自動車連盟(FIA)とチーム側の間で分裂騒ぎが起きるなど、F1のブランドイメージは失墜していた。
日本メーカーがF1やWRCに参戦する理由の一つは、モータースポーツ人気の高い欧州での知名度アップ。その点ではトヨタも目的を達した部分があるが、日本でのモータースポーツ人気は低下傾向にある。フジテレビが87年から中継しているF1日本GPの視聴率は、アイルトン・セナ(ブラジル)やアラン・プロスト(フランス)が活躍していた91年に最高の20・8%をマークしたが、今年は5・1%と過去最低。また、日本自動車連盟(JAF)によると、モータースポーツ参加に必要な競技用免許の取得者は92年の8万人超をピークに減り続け、08年は約4万7000人と最盛期の約4割減となった。
国内の自動車市場も、スポーツ性よりエコ性重視だ。4日まで千葉市の幕張メッセで開かれたモーターショーはハイブリッドや電気自動車などエコ技術一色。かつてショーの華だったレーシングカーなどの展示は、ほとんど見られなかった。
豊田社長は4日の会見で「地域に根ざしたモータースポーツ活動は続ける。車を鍛え、人を育てる自動車文化の一つにしたい」と話したが、少なくとも国内では、モータースポーツのあり方、メーカーとのかかわり方を見直す時期に来ている。
トヨタのF1チーム代表を務める山科忠専務取締役は、今後の活動について「エコカーだけのレースでワクワクするか。金をかけず、一般人も参加できるものの中に解決策があるのでは」と話した。
◇エコカー開発に集中
トヨタ自動車東京本社で4日、会見した豊田社長は「ファンのことを考えると身につまされるが、今は商品を軸とした経営に資源を集中すべきだと考えた」と頭を下げた。
08年のホンダ撤退後も「12年まで継続」の旗を降ろさず、悲願の初優勝を射程圏内にとらえるところまでチームは成長していた。国際C級ライセンスを持ち、自らもレースに出場してきた豊田社長の言葉の端々に悔しさがにじむ。
今年6月に就任した豊田社長の「公約」は、09年度で2期連続となる赤字決算から、11年3月期に脱却すること。「プリウス」などHV人気で新車販売が復調傾向にあることなどから、5日に発表する09年9月連結中間決算で、営業損失は従来予想の4000億円から大幅に縮小する見通しだ。だが、もうけの大きい高級車、大型車の不振が響き巨額赤字の解消にはほど遠い。
一方、「経営資源を次世代環境車に投入する」として、撤退したホンダは、レーシングカーの開発を担当していた約400人の技術者のほぼ全員をHV関連技術などの開発にシフト。今年2月発売のHV「インサイト」などを持つエコカー部門を強化した。「走り」のイメージから、エコカーなど環境技術を中核とする企業への転換を進めるホンダは、10年3月期の営業利益を1900億円と予想。業績回復でトヨタに先んじている。
「100年に1度の大変革期」(豊田社長)を迎えた新車市場を勝ち抜くには、資金や人材など経営資源をエコカー開発に集中しなくてはならない。中間決算が固まるにつれ、トヨタ社内では「F1を続けていては株主に説明がつかない」との声が強まり、F1撤退をこれ以上、遅らせるわけにはいかない状況になっていた。